Viva la Vida (Coldplay) の音韻論

Viva la Vida とは

Viva la Vida は、イギリスのロックバンド Coldplay による楽曲である。その歌詞の内容としては、あるとき強大な権力を手にし、のちに没落した人物が自身について語る形で歌われている。同曲の収録アルバムのジャケットにはドラクロワによる絵画「民衆を導く自由の女神」が起用されており、曲の主人公の繁栄からの凋落がフランス革命に重ね合わせられている。

歌詞

あるときこの曲の歌詞を歌える程度に覚えようと、 YouTube黒背景に白文字の歌詞動画——この目的のためにはこの形式が気に入っている——を視聴していたところ、サビの歌詞に仄かな違和感を覚えた。問題の部分は以下である。動画とは少し表記が違うがこれは Genius Lyrics による。

I hear Jerusalem bells a-ringin'
Roman cavalry choirs are singin'
Be my mirror, my sword and shield
My missionaries in a foreign field

ここで ringin'–singin' のペアと同様の音符の並びで field–shield の韻を踏んでいる。これは後者のペアも前者と同様に2音節で発音されていることを意味しそうだ。しかし後者は /iː/ を唯一の母音とする一音節語のはずだ。また、のちの "It was a wicked and wild wind" の wild の部分も2音節とっているように聞こえる。

Dr Geoff Lindsey による英語音韻論

違和感の一方、これに関連する話題について語っていた動画の存在も思い出した。以前は長さゆえに流し見にとどめていたものだ。それが Dr Geoff Lindsey による Why these English phonetic symbols are all WRONG である。

この動画では英語音韻論における新理論が語られている。見たところイギリス英語についてのものだが、これは Coldplay の出身地に合致している。

この理論によれば、英語の長母音および二重母音は「母音 + 半母音」の2音素に分析される。すなわち、例えば [iː] [uː] はそれぞれ /ɪj/ /ʉw/ と分析され、[aɪ] [aʊ] はそれぞれ /ɑj/ /aw/ と分析される。

この分析による利点の例は——ときどきバズる「理系方言」で言い換えると「この分析の何が嬉しいかというと」——以下の通りである。

  • 実際の発音と合致する。従来の理論で「長母音」である /iː/ /uː/ の実際の発音は [ɪj] [ʉw] のような二重母音に近い。

  • 基本的に現れないはずの母音連続 (hiatus) がなぜ時に現れるように見えるのかを説明する。すなわち、そのような場合には実際には母音は連続していない。 例えば chaos (伝統的には /kɛɪɑs/) はこの理論では /kɛjɑs/ であり母音は連続していない。

  • Linking R の起こる条件を説明する。実際には separating R と呼ぶほうが合っている。例えば star /stɑː/ に -ing /ɪŋ/ を接続すると母音連続を回避するために r が挿入されて starring /stɑːrɪŋ/ となる。一方で see /sɪj/ から seeing /sɪjɪŋ/ ではそれは起こらない。

  • Pre-L breaking を説明する。これは例えば file が [faɪəl] と発音される現象である。この分析では接近音同士である j と l の衝突を回避するために ə が挿入されると説明できる。

Viva la Vida の歌詞において field, shield そして wild が2音節で発音される現象も pre-L breaking の一例だったというわけだ。現象の存在を知ったのみならず、これらの語が /fɪjəld/ /ʃɪjəld/ /wɑjəld/ と音写できることも学ぶことができた。

おまけ

英語版 Wikipedia で pre-L breaking を検索すると、English-language vowel changes before historic /l/ という記事にリダイレクトされる。そこでは fill–feel merger や full–fool merger といった現象が多数紹介されており、そんなにも多くの場合で発音の区別がなくなりうることに驚くが、先述の分析を知っているとある程度納得できるものだ。また参考文献欄には先程の動画の投稿者の著書 English After RP: Standard British Pronunciation Today を見つけることができる。

さらなるおまけ

以上の出来事をブログ記事にまとめようと思ったきっかけは、ニコニコ動画「アイドルマスター ミリオンライブ!」12話REFRAIN REL@TION が流れるシーンについたコメント「Coldplayみがある」「Viva L@ Vida」だった。